【黒研】0903

・5年後くらい?付き合ってる
・フレーバーモブの存在がうっすら(孤爪の知人的な)
・風邪を引いた黒尾さん
・捏造ポイント→高校三年時の孤爪
・黒尾さんが考えてるより一枚上手な孤爪の黒研を推している話

『どーも、KODZUKENです。今日はFPSの気分だったから、視聴者参加型でやろうかな。初心者でもいいよ、おれがサポートするから』
 そんな喋りだしで始まった超がつくほどの有名配信者『KODZUKEN』の配信。配信枠の予約は夕方頃に取られていたものの、時間と枠のURLを告知するポストは「なんかゲームする。内容未定」としか書いていなくて、それを見た男はひとつため息をついた。今また、配信の喋りだしにも追加でひとつ。
「……怒って、るわけじゃねえよな……」
 男、黒尾はベッドに寝転がり、額には冷えピタ。枕元に、冷やしたスポーツドリンクを保冷効果の高いステンレス製のホルダーに入れたものを置いている。簡単に言えば風邪である。
 タブレットの画面からは非現実的な銃声。そして、KODZUKENがチームメイトにアドバイスをする声が聞こえる。チャット欄には『珍しい』とか、『すごいわかりやすい』などという文字が流れる。それもそうだ。そもそも視聴者参加型のゲームをやることも珍しく、自分のプレイに対する説明はすれど、誰かのプレイを見てアドバイスすることなどほとんど、なかった。ゼロではない。今日みたいな日が、ないわけではなかったから。
 黒尾からすれば珍しいものではない。それは数年前、自分が高校を卒業したあとは後輩へのアドバイスが格段に増えていたと聞いている。KODZUKEN──孤爪研磨の後任を担う予定のあった手白には特に、手厚いサポートを施していたそうだ。
 周囲からすれば突然だっただろう。しかしきっかけはきっとひとつ。自分が、卒業したことだ。構い倒していた自覚はあるから、逆に構われなくなって手が空いた。手持ち無沙汰になった孤爪は、代わりを探すように誰かを構った。本人がそうだと認めたわけではないが、黒尾はそうだと勝手に確信している。おそらく、当たらずも遠からずである。
 その頃にはまだ、幼馴染だった。それから数年後に関係性を変え、今日は、本来ならば彼を家に招いて夕食を共にする予定だった。黒尾が熱を出したために延期となったが。やはり構えない日は誰かを構うことで隙間を埋めているのではないだろうか。怒っているわけではない、とは思うが。
『え、なに。……やだよ、おれのチャンネル学校じゃないし……』
 孤爪が反応を示したのは配信コメントだった。黒尾は少しだけチャット欄をスクロールし、件のコメントを探す。おそらくこれだろう、と目星をつけたのはスパナアカウント、つまりは運営協力者のコメントだった。そのアカウント名はプロゲーマーの大会で孤爪が珍しく気に入った存在のものだ。彼は孤爪とは違いプロゲーマーではないが、大会ではMCをしながら実況解説までこなしていた。黒尾も孤爪を通して関わったことがあるが、『KODZU先生のFPS教室開催?』なんて茶化すコメントを残して孤爪に心底嫌そうな顔をさせる程度には懐に入れられている存在だと思う。
『……うーん、教えるのは嫌いじゃないよ。でもゲームはおれがやりたいことだから、誰かを育てるとかそういうの考えてないし』
 聞いた話では、高校三年の孤爪はプレイヤーと言うよりはアドバイザーというほうが適切な日々を過ごしていたという。話を聞いたときは燃え尽き症候群の可能性も考えたが、後輩の育成に力を入れていると恩師に聞いたときには、深く納得したものだ。
 そして今聞いた言葉だ。自分がやりたいから育てない。ならば、バレーは。わずかに心が軋む。黒尾が三年の、あの日の春高。楽しいと、少なからず思ってくれていたはずなのにと。しかしその軋みは、すぐに解消された。
『育てることで友だちが喜ぶなら、おれにできる限り手伝うよ。でもゲームは違うじゃん。おれの友だちは、教えてあげるより一緒にやったほうが喜ぶから』
 喜ぶから。そうか、と黒尾はまた納得した。もちろん喜んでいるからだ。
 放り投げていたスマートフォンを手に取った。彼とのトーク画面を開いて、少しだけ文字を打って、送る。あの日は彼に礼を言われたものだが、礼を言いたいのはいつだって黒尾だった。
 『一緒にバレーしてくれてありがとう』。何度だって伝えた。だが今、改めて伝えたくなった。
 構われないからそうしていたのではない。確信を持っていた予想を書き換えて、ふと思う。
「あれ、俺思ってた以上に研磨に愛されてるんじゃ……?」
 枕元にあるスポーツドリンクは、孤爪が昼間に買ってきてくれたものだ。ついでに、冷蔵庫にはゼリーがある。マスクをして現れた彼は、二言三言会話した後さっさと帰ってしまって。恋人なのにつれないなあとか、移っても悪いし仕方ないかとか、熱があるのもあいまっていろいろ考えてしまったのだが。
『ん? ああ、今日ね。こうやって喋る時間が多いほうがいいかなって。声聞いてたほうが安心する日だって、誰にだってあるじゃない』
 ワイプの孤爪と、目が合った。まるで「そうでしょ、クロ」と、直接言われたような錯覚。熱が上がる。
 黒尾は、小さな声で「そうだよ」と、呟くことしかできなかった。

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