【金国】0912

・青城バレー部の翌年・翌々年を捏造している(公式で出てたらごめん)
・金国未満
・国見の二年目三年目にかなりの夢を見ている

 春高予選が終わった。矢巾さんたち三年は引退となり、俺たちが最高学年だ。彼らの、矢巾さんたちや及川さんたちの意思を継いで、なんて熱血なことを言うキャラではないけど、少しくらい、最後の年くらいはそんなキャラでもないことを考えてもいいかもしれない。
 今年一年。今年というのは去年の春高予選が終わったあとからの話。俺はきっと、キャラではないことをやり続けた。

***

「え、トス?」
「はい。正セッターとして矢巾さんがいて、渡さんも十分にできますが、幅を広げるために基礎だけでも学ぼうかなと」
 驚く矢巾さんの顔は、いつもより幼かった。もともと童顔だからな、この人。
「そこまで必要か?」
「花巻さん、岩泉さんが抜けたことで攻撃力は京谷さん頼りになります。じゃあ俺のできることって、敵を欺くテクニックしかないじゃないですか」
 パワーは、もちろん劣る。バカ正直な一撃は京谷さんや金田一に任せたほうがいいに決まってる。じゃあ、俺ができることはなにか。意表をついたフェイントやフェイクトスの技術を磨いて、スパイクとの両刀。自分のスタミナがないことは自覚してるから、新入部員の力量によってはフルセット出場を視野に入れなきゃいけないことを思えば、攻撃手段を増やす以外にない。この部に、貢献するためには。
「……うん、わかった。自主練時間で練習すっか」
「ありがとうございます」
 俺は深く頭を下げて、次の練習メニューへと向かった。
 悔いが残ったわけじゃない。それなりにやりきった。だけど、それなりじゃ届かない場所だってある。じゃあ、考えてやるしかない。自分以外の誰もがやりきったと思える、その最後を迎えるために。

*****

 やりきったと、思ってくれただろうか。出し切ったことは間違いないけど、悔いは残らなかっただろうか。
 あと一年。これで、本当に終わる。部活として、その範囲で熱を入れようと思っていたのにそうではなくなったのは、多分。
「……主将かあ……」
 金田一がポツリと口にした。ひとつ上の三年がいなくなれば自分たちが三年になる。自動的に、一年からスタメンを張っていた俺か、金田一にそのポジションへの白羽の矢が立つわけで。
「おまえは、やりたい?」
 俺は、簡潔に聞いた。
「……聞くんだな。自分はやらない、とかじゃなくて」
 やっぱりバレてるなあと、鼻で笑う。前の俺なら、きっと「お前がやれよ」と言って自分がやるかやらないかの択は出さなかったと思う。あくまで自分からは。誰かから、先輩から話題に出されたら少し検討しただろう程度の、自己分析。
 だけど今はそうじゃない。自分にできるか、あの人たちの跡を継げるかを考えることは後回しにして、やってもいいと、思っていた。ただそれは、眼の前の男を中心に考えたときの選択肢のひとつという話だが。
「先々代は岩泉さん、先代は京谷さん。俺たちが着いてった副主将は、先頭を行く主将の進む道を、導いてくれた」
 少しクサい言い方かもしれないけど、合う言葉が見つからなかった。導いてくれてたのは、道を作ってくれたのは主将である及川さん、矢巾さんだったのは多分、間違いない。だけどその後ろを着いていくための先導は、岩泉さんと京谷さんがしてくれた。
「王と、騎士みたいな。そんなイメージあるんだよな、あのひとたち」
「まあ……わからなくもないかも」
「俺は騎士じゃねえよ」
 先頭に立つ柄ではないのに、それを選択肢にしたのはそれが理由だった。力強く、輝いていた彼らの跡を継げると思えなかった。及川さん、矢巾さんの跡を継ぐ自信があるかといえばそれもノーだ。だけど、ただ。
「金田一のほうが、それは合うだろ。だけどお前が主将じゃないとかそういう意味じゃない」
「や、うん。フォロー入れてくれなくてもそれくらいわかる」
 はは、と笑いをこぼした金田一は、俺の隣でほんの少し指先を動かした。小指同士が、触れる。
「背番号1をさ、背負えたらもちろんかっこいいよ。だけど国見の言うとおり、4を背負った二人の背中は、偉大だった」
 副主将の番号、4。どうしてそんな、半端な番号なんだろうと考えたことがある。考えたって、わからなかった。昔からそうなのか、偶然4だったのか。誰かに聞くほどのことでもないから、答えは出ないままだ。
 けど、後衛からその番号を見ると安心した。前衛でもその番号が後ろにいると認識してるだけで、頼もしかった。それはきっと、見続けてきた姿が、その数字に意味をもたせたんだと思う。
「国見が、主将?」
「全然柄じゃねー」
「それはそう」
「は? 喧嘩売ってんのかよ?」
「理不尽!」
 隣の男を殴れば、ペシ、と手の甲を叩かれてそのまま掴まれた。温かい手だ。平熱が高いんだろう。
「……でも柄じゃなくても。俺たちの進む道、作ってくれんだろ?」
 その言葉は、信頼という名の脅迫だと思った。その瞬間ふと、中学時代を思いだした。圧倒的に言葉たらずに、それを押し付けてきた男がいたことを。その言葉の、そのプレーの奥に合った信頼に気づいていたって、わかったからって今更だ。あの頃は子どもだった。物事の裏なんて考えなかった。
 だけど今は違う。そうなったのはあの頃があったからなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。ただ、表面と、立場に求められる人物像だけで選択することではないとわかってる。
「俺は、悔いのない最後にしたい」
 この思いを誰かに告げたことはない。なにも知らない他人に聞かれたら、今まではそうではないのかと言われそうで、面倒だったからだ。言える相手は、隣の男しかいない。
「……国見」
「今までが百パーセントなら、それ以上で」
 俺のためであり、そうじゃない。俺のためよりも。
「金田一が最後に笑える、そんな最後にしたい」
 すべては、金田一のため。俺が、キャラでも柄でもなく積極性を見せるのなんて、理由は最初からひとつしかないんだ。

「なあ、金田一。……俺さ、」

 お前が笑う最後の日に、言いたいことがあるんだ。

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