【黒研】1016
・【黒研】季節外れの桜の続き
周囲のいわゆる有名人たちには早いうちから情報規制をかけた。オープンの場で誕生日を祝うなと。それなりに名が知れ渡ってしまったおかげか、ゲーマーとしてではなくアイドルのような扱い方をされることもあって。別に気にしなければいいのはそうだが、それが原因で面倒事が起こるのは嫌だった。面倒事、というのは誕生日配信をしろとかそういうのだ。
それだって前なら別に乗り気じゃなくともできただろう。誕生日配信なんて形を取らなくても、いつもどおり配信をすればいいのだ。だが、その日は大切な日だった。長年ともにいる幼馴染兼、片思いの相手が好物を作ってくれる日。その日だけは毎年、配信をしなかった。
ただまあ毎年同じ日に休んでいれば、だんだん察する人間も出てくるのだ。年一度にあるものといえば誕生日の他に記念日や命日があるだろう。誕生日に関しては自分や家族が、SNSの考察投稿で挙げられていた。考察するほどのものか、と疑問にも思ったが、配信者と視聴者の距離感は今どき、そんなもんかと放置を決めた。配信のコメントでそれを尋ねてくる人間がそこまでいないのは幸いと言えるだろう。定期的にプライベートの話はあまりしたくないことを話してきて良かったかもしれない。
そして今年も、いつもどおり今日は休みだ。当日だけのときもあれば翌日までの二日間を休む場合がある。今年は二日間一切の予定を入れなかった。現在はプロゲーマーを引退しているため昔のように大会に出ないことを惜しむ声はない。長く付き合いのあるストリーマーは長年の視聴者と同様この時期の休みを知っているものが多いため、コラボの誘いは生配信ではなく動画だったり、今日のこの日を避けるような日程を立ててくれる。
この日だけは、休みを取る。昨年幼馴染兼片思いの相手から、幼馴染兼恋人になった黒尾が。自分の誕生日には頓着しないのに、孤爪の誕生日だけは時間を取ってしっかりと祝ってくれる。恋人になった今年もそうで、だから休みを取って二人で過ごすのだ。
SNSでなんと言われていても構わない。もともとそういった評価はあまり気にしていないほうで、それよりもキッチンで自分のために手料理を作る恋人を見ている方が楽しいに決まっている。今日はもう、本当になにもしないのだ。
研磨。そう名前を呼ばれればそれだけで満たされる気がした。たとえその声が食事を運ぶことを促しているとしても、孤爪はまだ電源を入れていないこたつから動くことなく、その声を聞いていた。