【茂二】0914

・社会人と高三。
・いちゃいちゃ

 デートというデートは、したことがなかった。工業高校に通っていたこともあり、高卒ですぐに就職してしまったのが理由のひとつ。時間があまり取れなかったことだ。
 あとは、あまり外に出かける気がなかったともいう。自分も恋人も男だから、一般的なデートでするような手を繋いだり腕を組んだり、そういったことをするのが、難しいだろうなと思ったからだ。
「別に俺は茂庭さんチで十分ですけどね」
 そんなことを言うのは、自分を腕の中に閉じ込めた恋人、二口だった。二人でのんびりと過ごす土曜日。二口も今日は部活が早く終わったので、『今日行きます』という突然のメールの十分後にはインターホンが鳴った。茂庭の家は学校からは離れているため、どう考えても最寄り駅に着いてから連絡をしてきているに違いなくて。
 なにをするでもなく、ふたりで夕方のバラエティ番組を見ていたのだ。デート特集のコーナーを。それまではいちいち内容や出演者に対してツッコんでいた二口が、このコーナーに入った瞬間、口を閉ざしてしまった。そのせいもあって、茂庭もデートについて考えてしまったというわけだ。
「こうやって茂庭さんのこと抱えてるの好きだし」
「俺も二口のこと抱えたいんだけど」
「えー、だって茂庭さんのほうが小さいんだしいいじゃないですか」
 ぎゅう、と腕も、あぐらをかいた足もしっかりと茂庭の体を抱えてしまう。離さないと言ってくれるような仕草は可愛らしくてたまらないが、そうして密着していれば彼の心臓がドキドキと高鳴っていることもよく分かる。緊張か、それともなにかを隠しているのか。素直でない恋人に関しては、後者の可能性がかなり高いことを茂庭はよく知っている。
「……でもさ、どっか一緒に買物行ったり、なんなら泊まりに行ったりとか、しようと思えば俺だって頑張って調整するし」
 あまり目立つ行動はできないものの、逆に言えば友人として出かける形を取れるのだからやりようはあるのだ。出かけたくない、この部屋に来たいといつも言うのは、二口のほうだった。二人で出かけるのを拒絶していたのは、茂庭ではない。
「二口はどうしてそんなに俺とでかけたくないんだよ」
 腹に回った手にそっと触れる。二度ほど撫でたら、指を絡めるように取られてしまったので、したいようにさせてやって。
「……べつに、そういうのいいし」
「いいなら服買いに行くくらい付き合ってくれてもいいじゃん」
 茂庭だって、別にそういうのは良かった。こうしてふたりきりでなにもない時間を過ごすのも好きだし、なにより部活に精を出している二口には無理をさせられない気持ちもある。しかし、だからといって我慢させるのも違う。恋人がしたいということをさせてやれないような甲斐性なしにはなりたくないのだから。
「……緊張しちゃうじゃないですか」
「きんちょう?」
 耳のそばで呟かれた言葉に、思わず聞き返す。するんだ、という率直な感想は胸の奥に隠しておく。
「茂庭さんは知らないんですよ、……俺が、あんたのそばにいるといつもどおりじゃいられないこと」
 そう言っている間も、ドキドキと、背中に密着する彼の体からの鼓動は伝わってくる。この心音は、そうではなかった。なにかを誤魔化しているそれではなく、純粋に緊張だったのだ。
 思い返せば、二口はここに来るたびすぐに茂庭を腕の中に収めていた。抱きしめられることが多くて、あまり顔を見ることもない。ずっと二口が離さないから好きにさせているが、緊張していたせいだというのだろうか。
「今も?」
「……くっついてんだからわかるでしょ」
「二口がドキドキしてるのはわかるよ。でも、それが緊張なのかどうかは、聞かなきゃわかんないかも」
「ずる……、そんな察し悪くないくせに」
 茂庭を捕まえる腕の力が強くなる。今度はきっと、照れ隠し。
「緊張してる、だって、好きだから……」
 ああ、かわいい。普段は素直ではない恋人が時折見せる、本心らしき素直さが愛おしくて仕方がない。後輩時代から変わらないその性質の高低差が、付き合い始めてからより一層大きくなってしまった。おかげで茂庭は何度だって二口を可愛いと思えてしまうのだ。そのたびに好きだという気持ちが大きくなる。
「ね、二口」
 腹に回る、指を絡めた手を反対の手でそっと撫でる。指先で少しくすぐるように。
「やっぱり俺も抱きしめたいよ」
 抱きしめるだけでは済ませたくないが、緩められた腕から抜け出して、体を反転して二口を見た。少しだけ、顔が赤いように見える。
 抱きしめる前にそっと、その唇に触れた。少しついばんでやればより一層顔が赤くなって、目も潤んで。これはたしかに、顔を見ていられないかもしれない。茂庭は自身の心臓がうるさく騒ぎ始めたのを感じながら、自分もそうであることを教えるように、正面から二口に抱きつき、しっかりと腕の中に包んでしまって。
 

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