【五白】0918
・白布が長崎にいる整形外科医(スポーツ整形)
太客、なんて夜の店以外で言うんだなと思った。もちろん彼は冗談で言ったのだろうが。もちろん夜の店に行ったことのない五色にとって、それは伝え聞いたことであり、恋人がいるのにそんな、ない。仕事なら仕方ねえしとは言うけれど、自分があまり、許せないたちだったから。
「金づる」
「……どっちもどっちじゃないですか」
そう言った恋人、白布は鼻で笑った。まさか他のチームメンバーには言ってないよな、とその顔を覗き見れば、意図が伝わったのか「お前だけにだよ」と答えてくれた。別にマッサージだけなら家でも構わないはずなのに、夜練習で遅くなる日はこうして、練習場近くの勤務先で待ってくれている。なにか不調を見つけたらすぐに検査できるように、と言うが、恐ろしく過保護にされている気がした。もちろん、なにか不調があったことは未だにない。
施術が終われば白布の着替えを待ち、裏口から出る。彼の車に乗って、彼の運転で家に帰るのだ。普段は五色を自宅に置いたらさっさと帰ってしまうが、今日は泊まって行って欲しいという五色の要望に承諾を示したので、まずは白布の家へと向かう。
実のところ二人は、家も近い。徒歩で十分も歩けば着く距離のため、互いの家に訪問するのは珍しいことではなく。ただ、距離が近いためか宿泊というのはあまりなかった。
隣を歩く白布はいつもと同じようすだ。十年一緒にいるのだから、どこか冷めてしまう部分はあるのかもしれない。長期間をすぐには会えない場所で過ごしていたことも要因になりえるし。
極めつけは先程の会話だ。十年恋人として付き合いがあるにもかかわらず、五色が白布を好きでいることに疑問を持っていたなんて。たしかに、好きだ好きだとは言っていても、その理由を伝えることはしてこなかった。理由がどうあれ、好きであればそれに勝るものはないと思っていたからだ。
「ね、白布さん」
「なんだよ」
「不安なの、なくなりました?」
あくまで想像でしかない。ただ、先ほどの声より今の声のほうが弾んでいる気がしたからだ。少なくとも、なにかの変化があったことは間違いない。
「……うん」
五色は驚く。素直な返事が来ると思わなかったからだ。同時に不安だったんだと、罪悪感が湧いた。
「あの、……手、繋いでもいいですか」
白布の手が上着から出ていることを確認して尋ねたが、五色が動くより先に白布の手が触れてきた。小指を撫でてから、手のひらが触れ合う。そのまま指が絡み合ってきたから、五色からもしっかりと手を繋ぎ返した。
こんなにしっかりと手を繋いだことも、数える程度。もしかしたらキスをするよりも緊張しているかもしれない。そのうえ、白布が腕に寄り添ってきて、どこか甘えるような仕草に鼓動がうるさくなる。
「……白布さん……?」
「いま、すごい幸せだなって思ってる」
「しあわせ?」
「俺はお前が好きで、お前も俺のこと好きで。こんなふうに恋愛できると思ってなかったから、なんかさ」
あのとき、告白をしたとき。白布は一筋の涙を流した。好きで仕方なかったと言ってくれたこのひとを、一生大切にしようと誓うのに十分な理由がそこにあった。だからそれ以上を語ることを望まなかったし、自分も愛を注げばいいのだと思った。
きっと、白布の愛が大きすぎたのだ。五色の愛が小さいと、そんなことを言いたいのではない。大きくて重くて、抱えていられない日があったのだろう。
愛されていることを深く実感する。愛しくて愛しくて、仕方がなくなる。いくらおとなになったとて、その愛おしさをどうにかするすべを知らないのだ。
「帰ったら、抱かせてください」
「……は?」
「明日お仕事なのはわかってます。無理はさせないんで、少しでいいから」
本能には抗えない。そのお伺いに返ってきた反応は、「明日出勤遅いから」という言葉だった。