【茂二】0907

・社会人、同棲
・二口が頭痛持ちな設定です

 家に帰ってきて、最初に目に入ったもののせいで心臓が止まる思いをした。居間に入りながら提げていたボディバッグを下ろそうとしたところだったから、そのまま床に落としても気にすることなどできなかった。
「二口! ちょっと、二口!」
 倒れていた。この部屋の住人である二口堅治が。この部屋は二口と自分、茂庭要が同居している部屋なので彼がいることはおかしくないが、ただ、今の状況がわからずに困惑した。
 声をかけながら体を揺らしていたが、目覚める気配がなく。茂庭は思い出したようにジーパンのポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出し、緊急ダイヤルに電話をかけるべく画面をタップするも、指先が滑って指紋認証に失敗してしまって。
「んん……う……」
 茂庭が慌てふためいているうちに、二口が唸って身を捩った。ハッとして驚いて、スマートフォンを放り投げてしまった。背に手を差し込んで、ゆっくりと体を起こしてやる。
 ぎゅっと目をつぶり、眉を寄せた。その動きに目覚めそうだ、と思った茂庭は二口の名を呼んで覚醒を待った。
「……もに、わ、さ、……」
「いい、ゆっくりでいいから」
 今日のそれも、いつもと同じだったのだと安心する。二口は時折こうして気を失うことがあったのだ。もっとも、それがいいことなわけではなく、単純に片頭痛持ちだと診断されているためである。今日は確かに天気が悪かった。原因不明で意識をなくすよりも、原因がわかっている方が対処もできるというもの。
 ゆっくり、ゆっくりと呼吸して二口が瞬きを何度かした。それから、茂庭の体へしがみつくように腕を回した。抱き上げてやるには、二口の体は少し大きすぎて、そうしてやれない歯がゆさを感じてしまう。
「だいじょぶ……じゃないよな。いつもの? わかる?」
「……さっきよりは、だいぶ……、いつもと同じ感じなんで、薬飲めば良くなると思います」
 ようやく口が回るようになってきたのか、二口はしっかりと言葉を紡いで自らの状態を教えてくれる。薬の場所は茂庭にもわかるため、一言断りを入れて二口の体を床に横たわらせると、一度その場を離れて薬を保管しているキッチンへと薬を取りに行く。まず急ぎ手を洗う。それから錠剤の薬と、冷蔵庫よりペットボトルの水を取り出し、急ぎ二口の元へと戻った。
 床に蓋を開けたペットボトルを置いて、二口を再び抱き起こしてやる。それから梱包材から錠剤を取り出し、ひと粒ずつ彼の口へと運んだ。すぐにペットボトルの飲み口を当てたら大丈夫と言いたげな視線が茂庭に向いたから、ゆっくりとペットボトルを傾けてやる。
 水が流し込まれる。何度かこうしてやったことがあるが、最初の頃は角度がよくわからず服を濡らしていた。そうならないだけ慣れてしまった。茂庭が慣れるまで二口は、自力では薬が飲めない状況に陥ってしまったということ。
 定期的な通院は行っているものの、大事には至っていないらしく入院や手術などという話にはならない。天候による場合はどうしようもないが、片頭痛は原因が不明確なことがほとんどだ。痛み止めの投薬とストレスのない生活が主な治療方法で、同居している茂庭ももちろん、二口自身だって常に注意しているのに。
「……ごめんなさい」
 二口が口を開いて謝る。茂庭はすぐに首を横に振った。
「だめだよ二口、自己嫌悪はストレスになるだろ」
「でも、めいわく……」
 彼の片頭痛は社会に出てから強くなったという。高校時代は、確かに時折ひどい頭痛に見舞われて部活を休むことはあったが、茂庭の代が引退してからはそこまで多くないと聞いている。同居を始めてからも、倒れるほどではなかった。加齢のせいにするには、まだ若すぎる。
「迷惑なんてかけていいんだよ。だって、俺は二口の彼氏だから」
 その言葉は、偽りのない本音だ。そうでなければ少しわがままで口の悪い後輩の男と、付き合おうなどとは、共に生活しようなどとは言えるわけがない。彼の素直ではない言葉を聞いていたいし、頭痛で起き上がれないときは甘やかしてやりたかった。だからこうして、そばにいるのだから。
「……うん」
「俺こそごめんな、二口のことベッドに運んでやれなくて」
「いいんですよ……。もにわさんは、俺より小さいし」
「失礼なこと言えれば十分元気だな。それ以外でしてほしいことある? なんか持ってくるか?」
 茂庭が苦笑いを浮かべれば、二口の視線が泳いだ。甘えたいのに、どうしていいかわからないときの、彼の癖だった。だが、少しして視線を彷徨わせるのをやめた。茂庭を見て、唇を動かす。
「……キス、してほしい、です」
 甘えるのが苦手な素直じゃない恋人は、弱ったときほどその壁を超えてくる。弱っているからこそ、一人きりの部屋が耐えられなくなるように。
 茂庭は言葉では答えずに体を丸めて、二口に触れた。早く良くなって。そんな願いを込めたキスをひとつ、最愛へと贈る。

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