【川瀬見】0924

【川瀬見】0915の続き
・ちょっと大人向けな雰囲気

 キスをした。それは両思いになったとき。ベッドを共にした。それは両思いになった夜。じゃあその先は。恋人になって二ヶ月経つ今も、ない。それがなければいけない理由はないが、お互いどう切り出していいかわからないということもあり、ベッドを共にするだけで毎夜を過ごしている。
 すぐとろけた顔になるくせに、甘えるようにすり寄ってきてそのまま眠ってしまう。それが可愛いわけだし、正直それだけで興奮するほどでもないし、同じようにそのまま寝てしまうが。
 ただ、それがない理由はなんとなく分かる。時間が合わないこと、そうしなくても幸せを感じられることだ。少なくとも自分はそう。彼は、瀬見はそうとは限らないかもしれないが。
 片思い期間を長く持ってしまったうえ、諦める方へシフトしていたところだった。諦めなくていい、与えられていい、となってしまえばそれだけで満たされる。隣にいてよくて、いつでもその笑顔を見ていていいというのだから、十分すぎるほどだと感じても仕方がないだろう。
「太一、味付けどーお? 今日は市販のやめて自分で混ぜてみたんだけど」
 それに、すぐこれだ。もはや栄養士ではなく調理師なのではないかと疑ってしまうほどの料理を出してくる。胃袋を掴まれたと言っても過言ではない。掴まれる前から好きだったのだが、本当に好みに合う味付けで出してくるのだからたちが悪い。食べ終えた豚肉のすき焼きが、好物ランキングを更新したのは言うまでもない。
「最高っす。今まで食った中で一番美味いかも」
「よかったー。市販のって少し甘いけどさ、太一はしょっぱい味付けのほうが好きそうだから、どうせなら自作のほうがいいかなって」
 満面の笑みで言うものだから、眩しくて仕方がない。好きが溢れてくる。瀬見からはハートだって飛んでるような錯覚を覚えるし、なんなら両思いになる前からこうやって、ハートを飛ばしていたような気もしてくる。だって、瀬見の態度はなにも変わらないのだ。下手をすれば高校時代から。もしその頃から今のようにハートを飛ばしていたとしたら、どれだけ節穴だったのだろうと後悔ばかりしてしまう。
「瀬見さんって俺のこと随分と詳しいですよね」
 それは、本当にそう思ってしまうことだった。だからそのまま口にしたのだ。
「……離れたくないって思ってほしかったから。俺だってこの二年はそれなりに必死だったんだぜ?」
 ほんのりと頬を赤に染めて、瀬見は言う。唇を尖らせながら、少しだけ顔を斜めに俯けて、視線だけは川西を見て。あ、やばい、エロい。そう思うまでに、おそらく時間はわずか。その先なんてなくても良い、なんて思っていた自分がどれだけ強がっていたかがわかる瞬間だった。所詮人間は本能に従うしかないのだ。
「……瀬見さん」
「なに、引いた?」
「そんなわけないじゃないですか。……その、ええと」
 とはいえ、誘うのはレベルが高い。眼の前の、空っぽになった茶碗を見下ろして深呼吸を一回。それから顔を上げたら、対面に座る瀬見と目が合った。
「……少しずつでいいんで、その、えっちなことしませんか」
 そう誘ったら、盛大に笑われた。そんなに笑うことないだろと思いながら瀬見のそばに寄る。あの日は瀬見がそばに寄ってきたんだよな、なんて回想しながら。
「冗談じゃないっすよ」
「はは、……うん、わかってる、大丈夫」
「嫌なら、無理には」
「やじゃない。俺も……したいよ」
 手を伸ばして、瀬見の手を取った。キスをしたいと思ったが、今したら止まらなくなりそうでやめた。テーブルの上には食べ終わった食器がふたりぶん並んでいる。これを片付けないまま事に及ぶのは褒められたものではない。代わりに取った手を持ち上げ、指先にキスをした。それから「食器片付けてきます」と一言断ったうえで、居酒屋バイト時代に培った食器運びの技を披露して、シンクへとそれらを運ぶ。家事は折半だ。食事を作っていない者が、食器を洗うのがこの家のルールである。
 水道から水を流して触れる。冬が近づきつつあるこの季節、触れる水が冷たいのにもかかわらず、少しだけ体温を上げた体は冷めることはない。
「太一、俺、ベッドで待ってるから」
 それはきっと、瀬見も同じで。川西にも、これだけは確信を持って言える気がした。

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