【HQプチホラー】0906
・わりとぶった切りなので続き書く機会があったら書くかもしれない程度
・本編下部にスペック設定あり
ぼんやりと滲んだ世界は現実ではないとすぐに分かった。輪郭もはっきりとしない、まるでクレヨンで描いた背景のような街並み。かろうじて、先程までいた駅前の光景と一致していることだけがわかる。
「まいったなあ」
正直、こういった経験は初めてではなかった。幼い頃からこうした非現実世界に迷い込むことが何度かあった。こんな経験がなければ非現実的な世界も現象も、関わることがなかっただろう。ただ、残念なことに俺は経験者になってしまったから信じざるを得ないし、どうにかして帰るしかないのがとにかく不本意だ。
「……あれ? ここ……」
俺は、景色を眺めることに意識を向けすぎていて、他に人がいるかどうかを気にしていなかった。そもそもこうして非現実的世界に迷い込んだとき、自分と同じ迷子がいたことなどなかった。だから一人で迷い込んだ原因を探して、問題──大体は恨みつらみからなるもの──を解決して脱出していた。そのせいもあって大人たちには達観してるなんて、小さい子供にはそぐわない評価を受けてたもんだけど。
まあ、そんな事情もあってこの世界での他人に対しては少々慎重だ。原因の可能性があるから。ただ、振り返らないわけにはいかなかった。その声は、二人分聞こえたからだ。
「か、川西と白布……?」
振り返った先にいたのはなんと部活の、一年の後輩だった。二人が請け負った部の買い出しに俺がついてきてたこともあり、一緒にいることはおかしくなくて。それに今まで非現実世界の存在が知り合いに化けてた、なんて経験はない。今後はあるかもしれないけど、今日がそうでないことを祈るばかりだ。
「……瀬見さん、ここ、なんですか」
「知らねえよ……」
俺はこいつらの姿を確認した瞬間、巻き込んだのかと全身が冷えた。今もまだ背中が、冬かってくらい冷たくて仕方がない。今はまだ残暑の季節なのに。一人ならいくら無茶したって自分が苦しいだけだ。だけど、後輩が苦しむなんて耐えられる自信がない。
驚きが隠せない様子であたりをキョロキョロと見回す二人のことは、おれが守らなきゃいけない。原因が恨みつらみだったときは死にそう、とまではいかなくても危ない目にあってきた。もう少し調査しないとどう転ぶかはわからないけど、ゆっくり、慎重に……。
「うーん、この世界、悪いものってよりは構ってほしい感じがあるかも」
地面に直であぐらをかく白布が、顎に手をやってそんなことを呟いた。隣の川西は、一回目を閉じる。「確かに」と、相槌を打つ。……こいつらなに言ってんの?
「風景の感じからも幼児から小学校低学年くらいの、どっちかって言うと女の子が作った異界っぽくね?」
「それ。悪い気を感じない点からも、病気で亡くなったか、今まさに眠ったままで死の間際とか」
「ちょ、ふたりとも、ちょっと待ってくんね?」
部活んときと同じペースで進む二人の会話に、俺のほうがついていけなくなって一旦ストップを掛けた。二人の目が、俺を見る。あー、と唸ってから俺も二人に倣って地面に座ってあぐらをかく。
「な、慣れてる?」
「……ええ、まあ」
「俺と白布の距離が縮まったのが春先に同時に異界迷い込んだことだったんで……」
この非現実世界、異界って呼ぶんだ。ゲームとかでは聞いたことある気がする。とはいえ、ずっと一人でこの世界と戦ってたわけだし、そういう他人の話を聞くことだってなかったんだし。
「そういう瀬見さんは?」
聞き返してくれたことに対し、俺はかいつまんで今までのことを話した。所々で白布が残念なものを見るような目で見てきたけど、わりといつものことだから気にしてない。春から半年、ポジションの違う川西はともかくとして、同じセッターとして同じ練習メニューになることの多い白布が、若利以外に興味ないこともその口が悪いことも十分に知ってる。今更だ。
「……これは瀬見さんが異界に呼ばれたんでしょうね」
「それに巻き込まれた、って感じかな」
「わりぃ……、面倒かけて……」
そうだってことはわかってたけど、巻き込んだことを言葉にされるとあまりにも罪悪感がひどい。うなだれてしまう。がっくりと肩を落とせば、川西が「俺たち良かったと思いますけどね」と、いつもの調子で言った。
「俺は霊とか、怨念とか見えるし感じられるうえ、祓えるんですよ。白布は祓えない代わりに俺より感じる力が強いです」
半年付き合いがあるけど、そんな様子今まで一度も見せてこなかった。二人は何度か異界に迷い込んでたらしいし、なんなら現実でも悪霊に迷惑かけられる事があったらしい。そんなの知らねえし、顔に出なさすぎだろ。ま、誰かに言っても仕方ないと思うのは俺にもわかる。
思い返せば、一匹狼感出してた白布と、感情出してんのかよくわからない川西が、いつの間にかずっと一緒にいるようになってた。ポジション違うとはいえ同学年だし、ありえないくらいの違和感じゃないし仲良くていいなあくらいにしか思ってなかったけど、コッチ系の意気投合があったうえ、お互いが補えるそういうチカラ持ちってなら離れないのも納得だ。
「ただまあ、さっきも言ったとおりこの世界の『主』は悪いものじゃないんで、太一の祓う力は使えないです。そうなると、そういうチカラ無しで異界から抜け出した瀬見さんのチカラが必要になりますよね」
「俺? 別にチカラなんて持ってないけど」
「少なくとも自力で帰ってる時点でなにかはあります。それは霊的なものでなくても、ですよ」
白布のいうなにか、なんてわからないけど、確かに俺は一人で何度だって非現実から現実へと戻ってた。俺一人ならいい。川西と白布も帰してやらなきゃならないからな。
「ま、やらないと帰れねえしな。俺にできることがあるかはわかんねえけど、今までどおりやればいいんだろ?」
「そうですね、多分」
「じゃあ行きますか。それっぽい気配はあっち側からです」
衝撃の新事実も、咀嚼してる余裕なんてない。いつもの調子ながら頼もしく見える後輩の背中に続いてぼんやりとした街を歩く。向かうはデカい建物、それは確か総合病院だったと思う。
絶対に三人で帰る。そのために俺になにができるのか。考えながら目的地へと歩みを進める。
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▼瀬見
異界迷い込み常連(誘われる・好かれる)。今までの帰還は全部説得でやってきたので、圧倒的陽の者
現実での霊関係は一切無力だが、異界では弱い霊じゃなければ見えるし聞こえるため、説得が通じる。見つけるのはだいたい勘。
▼白布
悪いものも良いものも強く感じてしまう性質。見えるが聞こえない。感覚会話型。感知特化で攻撃手段を持たないため(説得できるほど陽でもないし)初異界で川西が攻撃寄りと知り泣きそうになるほど安心した。(なお川西と異界に迷い込むまで未経験だった)
▼川西
見えるし祓える。祓い方は物理的に手で払うこと。白布には「机の上の消しカス払ってるみたい」と言われた。感知はそこまで強くないが、あたりを付けるくらいはできる。どちらも精神力を使って疲れるため、白布がいてくれると半分で済むので嬉しい。瀬見ほどではないが、異界迷い込み常連でもある。