【金国】1006

シリーズ: HQ1213-1 第2話

【金国】0919の続き
・クロニクル番外編のあと
・時期とか場所とか捏造

 帰省先である実家にはせっかく海沿いに来たから一泊していく、などといい感じの言葉で一晩留守にすることを連絡した。国見も同じようなことを言っていた。実際宿泊するのは海沿いのホテルなのだから間違いではない。ただし頭に、ラブのつくホテルだ。
「普通のビジホでも良かったんじゃねえの」
「金田一と来たかったから。だめだった?」
 そんなことを言われて駄目だと言える人間はおそらく、いない。もし今が宮城の海沿いではなく例えば沖縄ならば入る前にいいホテルを見繕っただろう。しかし今は、愛しい男の望みを叶えてやりたかった。
 風呂場で適当に砂を払ってから、部屋に設置された大きなベッドの縁に腰掛けて音もなく見つめ合う。そういう雰囲気なのだとはわかるのに、なにせ経験がないものだから仕掛け方がわからない。こんな感覚はひどく久しぶりだと思った。
「別に取って食いやしないって」
「そんな心配は、してねえよ」
「じゃあなに」
 いつもはけだるげな色をしている瞳が、どこか楽しそうだ。楽しいんだ、と漠然と感じた。こうしてホテルで見つめ合うだけで感情を顕にしてくれる。彼から直接的な言葉は聞いていないが、おそらくそういうことで、それでいいんだと思いたかったが。
「その、俺は国見が好きだけど、国見は?」
 確認しなければいけないと思った。皮肉屋の相方は、本心を言うことが少ないのだ。それでいて気を使う人間である。もしかして万が一、こちらの感情に気を使っていたらいたたまれない。数日後には埼玉に帰る金田一を慮って、思い出づくりにこうしてホテルに誘ってくれたのだとしたら。罪悪感に押しつぶされて死にそうだ。
「ホテルに誘ったのは俺。それでわかんねーの」
「……それでも聞きたい」
「どうせ気ィ使ってるとか気にしてんだろ」
 ギクリ、と肩を震わせた。問いかけの最大の理由がそれだからだ。国見は、気は使うが嫌なことはしない。だから少なからずホテルに来てもいいと思う存在になれていることは間違いないが、それだけではもちろん嫌で。これから仕掛けるなにもかもが、惰性でないことを確信したいのだ。
「……多分、あんまり言わないけど」
「うん」
「……好き、だよ、ずっと。お前のこと」
 こちらを見ていた楽しそうな瞳が顔ごとそらされた。楽しそうだったのはその言葉を口にせずいられたからだろうか。ホテルに誘うよりも好きと口にするほうが恥ずかしいなど、ひねくれものの国見らしい。金田一はそのらしさに愛おしさを膨れ上がらせて、横から彼の体を抱いた。
「俺も、ずっと好きだった」
「だから早く言えばよかったのにって」
「お前を離したくなくて、無理なことはしたくなかった。だって告白しなくても友だちでいてくれただろ」
 そう言った瞬間だ。抱きしめていた国見が体をひねり、金田一の体をベッドに沈めたのは。今度は、どこか怒っているような瞳が見下ろしてくる。
「お前はわかってない」
「な、なに」
「もう限界だった。ずっと好きだったやつと、それこそ友だちとして一緒にいられたらいいって俺も思ってたよ。だけどその友だちは遠くに行った。会えなくなって、遠くの友だちになった」
 怒っているような、ではなく本当に怒っている。体が震えると同時に、今だからこそぶつけられる本音なのだろうと感じたから、反論もせずに口をつぐんだ。
「そばにいられないのに好きなまま友だちできるかよ。危なかったな、あと半年もすりゃ疎遠だった」
「マジ、かよ」
 きっぱりと言い放たれた言葉には思わず声が出た。そこまで想ってくれていたということを知れば、いかに自分の考えが浅はかだったかも浮き彫りになる。見下ろす国見の顔が、怒りからしたり顔に変わる。危なかった、という言葉を強調するような表情だ。
「マジ。会うのも今日が最後かなーと思いながらバレーしてた」
「本気で危ねえじゃん……」
「そんだけ俺は本気だった。だけど、俺も言えなかったから」
 そこで言葉を止めた国見は、ゆっくりと体を下ろした。顔が近づいて、気づいたときには触れていた。柔らかな唇が触れて、離れていった。
「だから、今すげー嬉しい」
 あまり見ることのなかった彼の笑顔。柔らかく、たいそう嬉しそうに笑うものだから、知らぬ間に息が止まっていたと思う。金田一は腕を伸ばして己にまたがる国見の体を横に転がした。驚く彼を抱きしめて、荒々しくキスをした。強張っていたのは始めだけ。背に回る左手が求めるように動いたから、金田一は啄むキスを続けた。

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