【月山】0908
・あまあま
甘美な音。こっちにおいでと呼びかけられて、抗うことなくそちらへと。立ち上がる意味もない距離だったので、フローリングの上で膝を滑らせて進んだ。制服だったら、表面がテカテカになっていたかもしれない。
「いいこ」
そう言われて頭を撫でられた。背中がゾクゾクとしびれるような感覚。本能が満たされるのを感じる。
「乗っかって」
「うん」
もっとこっちにおいで、と言外にいう。だから僕はベッドの上に登った。ふかふかのその上であぐらをかいた山口の上に乗りかかって、そのままベッドへと押し倒す。驚いた顔が僕を見上げた。
「ツッキー、ステイ! 待って!」
「僕は犬じゃないよ」
「うん、それは知ってるよ!」
「だって乗っかってってコマンド出したでしょ」
「そ、れは! ……確かにそうか」
「僕は悪くないからね」
そうしたかったのもある。だからこそ主語の欠けたコマンドに対して、有効範囲最大限を利用して山口にのしかかったという訳。
僕は、自分の第二性である『Sub』がとにかく嫌だった。誰かに命令されて悦ばないといけない体質なんてと、少し下に見ていた。中学二年の誕生日に、自分がそれだと診断されてより一層、嫌いになった。
だけどひと月半後に、これまた主語もなにもなく山口が「俺のパートナーになって」と言ってきた。山口の第二性は『Dom』だった。命令をする性。従わせて悦びを覚える、これもまた僕が下に見ていた性だ。
つまるところ、命令されたい・誰かに支配されたい『Sub』と命令したい・誰かを支配したい『Dom』はふたつでひとつ、ふたりでひとつのような対局の存在だ。そのうえ、その欲求は栄養にも等しい。与えられなければ不足して枯れ果ててしまうらしい。そんな経験は高校生になった今も経験がないから、聞き及んだこと以上のことは知らない。
それらは、ひとつだ。どこの誰とも知らない人間とひとつになるなんてまっぴらゴメンだった。だから僕は、山口の言葉にすぐさま「よろしく山口」と返した。僕を委ねるなら山口しかいないと思ったからだ。
「じゃあ、隣、転がって?」
僕はその言葉に従ってのしかかっていた体を壁側に転がした。山口は命令といえども強い言葉は使えなくて、可愛らしいお願いしかしない。だけど僕にはそれで良かった。ちょうど、よかった。山口になら支配されても良かったけど、そうされたくない自分もいたから。誰かに委ねるなんて結局怖くて、できればそうならないギリギリがあればいいと思っていたから。
そうして怯えていたのなんて結局誕生日からひと月半だけだった。山口はそうしなかったから。僕の望んだ程度の命令を、いつもの調子で僕にくれる。愛されてるなあと実感したら、栄養のためのパートナーだけでは足りなくなった。
「今日はツッキーからキスしてくれる?」
「ちゃんとコマンドにしてよ」
「……普段だってコマンドじゃないじゃん……、キスして、唇に」
足りなくなって欲しがったら、ちゃんとくれた。『Sub』と『Dom』のパートナーが恋人を兼ねないことはもちろんあるけど、こうして愛情をもらってるのにそうならない意味がなかった。
だからきっとこうなることが必然、いや、本当はコッチが先だった。知らなかっただけなんだ。僕らは、互いに互いをずっと。
「山口、好きだよ」
「俺も大好き、ツッキー、好き」
明日が学校でなければもっと求めてた。互いに。そこまでの熱意でないにせよ、しっかりと時間を割いている部活だってある。少なからず今は、栄養摂取をしすぎて部活が疎かになることを山口は、まあ、僕も、良しとはしていない。だから過剰なものは取らずに、柔らかな幸せに包まれて眠ろう。
いつだって、大好きなキミと一緒に。