【金国】0905
ゴロンと転がって、頭が誰かの背中に乗っかったことを確認する。誰か、なんてわかってるけど。
「おい国見、重い」
体をよじる金田一がおかしくて、体をひねってしがみついた。うつ伏せでベッドに寝転がってトレーニングの本を読んでいたものだから、しがみつかれては身動きが取れないのだろう。
「まだ終わんねえの」
「まだちょっとしか読んでねえんだけど……」
あからさまなため息をひとつつかれた。その本は先輩の岩泉から借りた本で、二人はよくトレーニングの話をしていた。家でもできるもの、という話の末その本を借りたことは、隣にいたから知っている。だからって今読まなくたっていいのに。国見はふてくされたように金田一の背中に顔を押し当て、思い切り息を吐いた。
「あっつ! おい国見!」
つまらない、なんて言って彼の行動を制限する権利はない。たぶん。強いてあるとすれば、家に行っていいかと尋ねて、いいよと返事をして招いたのだから、構って然るべきだと思える程度か。部屋に入れて適当に座れよと言われたから、ラグに座ったら金田一は制服のジャケットを脱いでベッドに寝転がってしまった。
シャツ、シワになるけど。そのツッコミもできないままに、どうしていいかわからなくなる。自分のほうを向いてほしい、なんて言えたキャラではなくて、読書の終わりを問うことしかできなくて。
「……国見」
少しだけ、呆れたような声だ。ただ、どこか優しいそれ。少し体を捻った金田一は国見の頭を撫でる。どんな体勢だよ、と声には出さず、ほんの少し体を浮かせて金田一が仰向けになることを助けてやる。
「どうしたんだよ」
髪をすく手つきは少したどたどしい。こういったなだめ方に慣れていないことがわかる。解釈どおりで嬉しくなるが、今は正直、それどころではなかった。
言葉に出来ないまま、甘えるようにその、一回り大きな体に寝転がっている。数年来の友人にするべき行動ではないとわかっているにもかかわらず。積もって積もって、静かに爆発したのだろうと他人事のように思う。言えずにいた、感情の話だ。
「……なんでもない」
「なくないだろ」
「嫌なら突き放せよ」
ああ、素直じゃない。軽い感情はすぐ口に出せるのに、深い感情を言葉に出すことはできる気がしなかった。それでもこの体温を手放せなくて、自分から離れるのは無理だった。わがままだと、罵ってくれていい。今だけの幸福でいいから、今だけはこの鼓動を分け合っていたいと。
「そんなことできるわけないだろ」
やはり、金田一の声は優しかった。いったいなにがあったらこんな行動を許容できるのだろう。国見にはわからなかった。している張本人にもかかわらず。
静かに、互いに無言でそうしていた。国見は、体重をかけすぎないように気をかけてはいたが、離れる気はなかった。なにせ、理由がわからないながらも許されているのだから。
「……できるわけ、ないんだよ……」
静寂の中、小さな声が聞こえた。誰に聞かせるでもないような音だったが、これだけ至近距離なら聞こえるに決まっている。それがわからないほど馬鹿ではないと思っているが、真相を聞く気はなかった。変な期待をして、崩れたとき立ち直れる気がしないからだ。
髪を撫でてくれていた手が、そのまま背中に回る。抱きしめられるような形に、思わず鼓動が高鳴る。変な期待はしない。決めて、言い聞かせていても頭は考えてしまう。許されている理由もまた、自分にいいように曲解してしまう。
「くにみ」
名が、呼ばれた。いつもと同じ音なのに、どこか招かれるような感覚がある。顔を上げた。目が、合う。
「……きんだいち」
だめだ、と頭の中で警鐘がなる。声だけではなく、瞳まで招くようなきらめきを携えているとは思わなかった。まるで欲しがる子どものようなそれ。あまり見たことがないのにそうだとわかる自分に、思わず笑いそうになる。
ほんの少し、体を浮かす。体をずらした。ああ、欲しがっているのは自分だ。だから、その目がそうだと、理解できるのだ。座ったままの体勢で寝転がった体を、もっと持ち上げる。ベッドの上に乗り上げてしまえば、今度こそ、いよいよ突き飛ばされてもおかしくない。
だが、背に回った手はそこを離れようとしない。国見は、金田一の足をまたいだ。心臓がうるさくてたまらない。だが逆に、今すぐ止まってしまうような気もする。どうしてこうなったんだっけ。もう、なにもわからなかった。
なにもわからないまま、顔を寄せた。それでも突き飛ばされないで、触れた。変な期待をしてしまう。これは自分のわがままで、爆発した結果だというのに。
「すき」
それは、どちらの音だったのだろう。わからない。なぜならお互いの音を出す器官を、またすぐに、塞いでしまったから。