【HQfantasy】0923
シリーズ: HQfan 第1話
・かきくは幼馴染で大喧嘩通過の復縁済み。
ある男の話をしよう。男の名は国見英。森の奥の泉のほとりに一軒家を構える錬金術師である。なお、当の本人は薬師を名乗っている。この国では錬金術師を王家が召し抱えているため、錬金術師とバレることを避けているのだ。
薬師は薬草や澄んだ水を調合して回復薬を作る、手法さえわかれば誰でもなれる職業だが、錬金術師は生まれつき魔力を保有していなければならない。作成した薬に魔力で手を加えて毒薬や身体強化薬などを作りあげる職業である。
「国見!」
国見が庭の薬草を選別していたそのとき。街のある方角から呼びかけの声が聞こえた。国見は掴んでいた薬草を根本からちぎってそちらに視線を向ける。
「影山」
「おう」
近づいてきたのは、薄手ながら裾の長いローブに身を包んだ男だった。国見は彼を影山と呼んだ。影山は麓の町で自警団に所属している魔道士だ。魔道士は生まれつき魔力を保有している点は錬金術師と変わらないが、錬金術師が補助特化であるのに対し魔道士は攻撃特化で、自らの身体へ魔法をかけることで強化する物理型だ。魔道士と同じく攻撃特化だが、魔力を魔法として放つ戦い方をする魔術師もいる。魔力を有して生まれる人間は、大抵が魔道士や魔術師の職につく。だから国は錬金術師を求めているのだ。
「今日はなんの薬が欲しいの?」
「これ。菅原さんからのメモだ」
国見は影山からそれを受け取り、内容をあらためる。菅原は影山の所属する自警団の魔術師で、国見が隠れ錬金術師であることを知っている数少ない人間だ。なお、幼い頃を共に過ごした仲である影山はそれに気づいていない。単純に学がないだけである。
受け取ったメモの内容であれば備蓄があるはずだと、影山を家の中に招く。椅子を勧め、自らは薬を貯蔵している地下室へ降り、菅原のメモに書かれた薬を網籠の中へ入れていく。これはもう数が少ない、そういえば調合内容を調整しようと思っていたんだ、などとそれぞれについて思案しながら。
必要なものを籠へ入れ終わった後、地上へと戻る。するとそこに、さきほどはいなかった人間がいた。その人間はキッチンで湯を沸かしていた。傍らに置いたポットを見るに、茶でも沸かそうというのだろう。
「おかえり、金田一」
「あっ、国見! 客来てるならお茶くらい出せよ!」
「影山じゃん」
「影山だって客だろ……」
律儀な男だ、と国見は呆れる。確かに今日の影山は自警団のお使いで来ているのかもしれないが、友人なのだから気を使う必要はないと思っていた。いつもそうだからだ。お使いに来るのはだいたい影山で、時折違う人間が来るが、違う人間のときはきちんと茶を出しもてなしている。だから茶葉だって切らすことはないし、改良を加えて飲みやすいものを育てているのだ。
茶を淹れた男、金田一がカップをみっつ持ってテーブルへやってきたから、国見も椅子に座って茶を口にした。適温だ。自分でも茶は淹れるが、やはり金田一の淹れた茶が一番美味いと思う。
「金田一、仕事は終わったの?」
半分ほどの茶を飲んだ後、国見は正面に座る金田一に向かって問いかけた。金田一は麓の街、つまりは影山の所属する自警団の警備する街に住まう錬金術師である。国見とは違いその職を隠すことができなかったため国軍に所属している。それを特に嫌だと思っていないのと、国見のことを話さないのが幸いだった。軍属になった錬金術師は城に住むものもいれば呼び出しに応じて青葉の城に行くものもいる。金田一は街に住んでいるため、一週間ほど前から城へ仕事をしに行っていたのだ。
「いや、追いつかなくなってきたから一回帰らせてもらった」
「そんなに?」
はあ、とため息をついた金田一に、国見は眼を丸くする。金田一の隣に座る影山もわずかに眉を動かした。
「あれか、国が取り掛かってるドラゴン退治」
「……ドラゴン?」
「そう。青葉山の反対側にデカいドラゴンが出てて……、軍だけで処理してても全然追い出せないみたいで」
「白鳥沢の国に頼めばいいのに」
「あの騎士団長が頼むわけないだろ……、ドラゴンに加えて国家間紛争とかやってらんねえよ」
さすがにそこまではならないだろう、と思いつつも争い寸前の事態が起きる可能性は否定しきれなかった。国見は城に行ったことがないし、騎士団長も街に来たところを見た程度だが、噂では白鳥沢の騎士団長と相性が悪いらしい。悪い、というか青葉の騎士団長が一方的に嫌っているだけと聞いた。
「……最近自警団に応援要請来たのはそれか?」
「要請……?」
「そう、それで薬が必要になったから、追加で貰いに……」
影山がなにかを思い出したように言葉を紡いで、そのまま国見の問いに答えた。その回答自体に不思議もなければ違和感もない。だが国見には嫌な予感が、した。ただの勘だが。
その勘が、あたったかどうか。その答えはすぐに分かってしまった。わかりたくなかった。家のドアをノックする音が、耳に届いたからだ。
「どう見ても錬金術師いるじゃん! すみませーん、錬金術師さーん」
家のドア横には薬屋としか書いていない。庭先にも薬師が作れる程度の薬草しか植えていない。錬金術師だとバレる要素は室内、特に地下室にしか置いていないのに。
国見は一人、舌打ちをした。バレたくなかった。国に召し抱えられるなんて絶対に勘弁願いたい。なぜなら国見は、絶対に疲れそうな労働をしたくなかったので。