【黒研】0916
・だけどほぼわちゃわちゃ
もう勘弁してくれ、と孤爪は思った。膝に手をついて肩で息をする。年考えろ。どんだけ飛び跳ねる気だ。しまいにはもう一回、なんて大声で叫んでいる。勘弁してくれ。孤爪はそのまま床に倒れ込んだ。
「チャンネル主が最初にフレームアウトしてどうするのよ」
はい、と渡されたスポーツドリンクを受け取るも、起き上がる気力などない。大の字に寝転がれば、体育館特有の床の冷たさが心地良い。
「コメ読みするからいい……」
「山本がやってる」
「動ける人間は動けよ……!」
大きな舌打ちをして、体を転がす。それから床を張って壁際に置いた機材群へと近づいた。
「世界のKODZUKENが匍匐前進してる」
「報告しないで」
それは、休憩中の木葉の声だった。動けるやつは一生動いててくれ自分を引っ張り出すな。そう思いながらも集まったメンバーは圧倒的にセッターが足りない。世界が孤爪に味方しないのだ。
この場は、バレーボール協会からの案件を受けたKODZUKENチャンネルの配信のために集められた身内の、バレーボール会のための場だった。現役でも遊びでも構わない、と招集された黒尾と縁のあるメンバーばかりだ。近隣のメンバーだけが集まるかと思いきや、大阪がホームグラウンドのチームに所属する木兎は同年代のチームメイトを引き連れてきたし、宮城からも月島が来てくれた。なお、このバレーボール企画の前には月島についてきた山口とともに、彼の勤める家電メーカーからの案件をこなしている。今度出る電気毛布の実写レビュー動画だ。今は季節的に少し早いが、動画を編集して投稿する頃にはいい時期になっているだろう。
這いつくばってたどり着いたパソコン前。モニターにはとめどなく流れるチャットコメントがあり、いくつかピックアップして読み上げればより一層チャット欄が盛り上がる。当初の予定ではこうしてコメントを読みながら時折プレーの解説もどきをするつもりだった。もちろん現役プロプレイヤーのプレー解説などできる立場にはないと思っているため、素人向けの簡単な言葉でも並べておけばいいかな、なんて。まあ、実際の孤爪はワイプに収まることなく、画面占有率の高い枠内に収まるほうが多いのだが。
「ほら、Vリーガーは早くコート戻って」
パソコン前で休んでいた現役たちを追い出して、孤爪はパソコン前の座椅子を占拠した。ワイプ用に持ってきたカメラもコートを映すのに使っているため、パソコン周りを映すものはない。マイクを切ってしまえば、ただのバレーボールの試合である。
「体、大丈夫か?」
「ダイジョブだったらこんなふうに休んでない」
隣に座った黒尾が、孤爪の髪を撫でる。大きな手は、適度に暖かくて心地よい。思わず目を細める。
面倒なことも動いて疲れることもあまり好まないが、こうして皆でワイワイやるのは嫌いではない。それに、黒尾の役に立てるのも。
騒がしいコートに視線を向ける。それから黒尾が紡いだ縁が、こんなにも人々の心を揺さぶっている。嬉しそうな笑みを浮かべる黒尾の手を握って、孤爪も微笑む。大きな音を立てて飛んでいくボールを目で追って、もうあんなボール拾えないやとこぼす。隣の黒尾は、同じく、と言って孤爪の手を握り返した。